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2010/12/06

タイニーストーリーズ「電信柱さん」山田詠美



「タイニーストーリーズ」山田詠美
¥1,400(送料無料)



文藝春秋
2010年10月30日発行
341ページ


山田詠美コトダマ短編集第2段は「電信柱さん」です。

「タイニーストーリーズ」にぎっしり詰まった小説の中で、最も好きなひとつです。

物語は書き出しでいかに読者を惹きつけるかが大事とも言われますが、「電信柱さん」は完璧な成功例でしょう。

主人公はなんと電信柱。電信柱が1人称で語り進めます。しかも、ていねいな言葉遣いで。

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足許を見られ続けるばかりの腑甲斐ないこのわたくし、名を電信柱と申します。

いったい何故なのでしょう。

律儀に社会貢献しているというのに、誰からも、どれからも、敬意を払ってもらえないのは。

そして、いかに悲惨な目に合っているか、その現状が続くのです。

スプレー缶で訳の解らぬ文字を吹き付けられながら、わたくしは、その若者の怒りを感じていました。

・・・(略)・・・

あれは、最も受難の夜のひとつでしたが、必死に耐えました。

でも、誰も、大変だったね、とねぎらってくれることはありません。

出だしで笑ったのに、直後にかわいそうになってしまいました。

その後も、マリアンヌちゃんと呼ばれるフレンチブルドッグにおしっこをかけられ、それだけではなくその犬はいつも「勝ち誇ったように、ばっきゃろ!ばっきゃろ!と吠える」とか。

追って来られないわたくしを馬鹿にしての暴挙です。

こういう時ほど、拘束された我身を口惜しく感じる瞬間はありません。

わたくしの周囲は、マリアンヌの悪癖のせいで、常にアンモニア臭を放っているのです。

ばっきゃろ、と叫びたいのはこちらの方です。

なんてかわいそうな電信柱なのでしょう。犬好きの私ですが、これにはマリアンヌが憎く感じてしまいます。

その後、電信柱さんに救いの手がさしのべられほっとするのですが。

電信柱さんの背後にある民家のおばさんが、犬のおしっこ臭さに舌打ちをするようになり、「セロファンに包まれた花束と開けていない缶コーヒーを置いたのです。

次の散歩でそれを見たマリアンヌの飼い主はぎょっとし、以後2度とそこを通ることはなくなったのでした。

マリアンヌは最後までばっきゃろ!と鳴いていたそうですが。

おしっこをかけられなくなったのは喜ばしいことですが、

自分が墓標にさせられたような気分を味わったから」あまり嬉しい気持ちにはなれなかった電信柱さん。

心優しいです。

それ以来、わたくしに向かって手を合わせる通りすがりのお年寄なども見受けられ、ありがたいとも感じましたが、どうも気が晴れないのです。

枯れた花束が撤去されるまで、メランコリックな日々は続きました。


怪し気なビラを貼られたり、カラスの脱糞の犠牲にあったり、やんちゃ坊主たちの飛び蹴り襲来の的になったりと、」たいへんなことはいくつもある電信柱さんですが、「数メートル離れた所に立つ仲間と励まし合うことも」あると続き、ほっとしました。

電線でつながれている彼ら電信柱は、「強固な糸電話で絆を保っている」そうです。

今こんな人間が通ったよー、と伝達し合うことで、日々のウサ晴らしをしていたのですね。


物語の前半は、いかにたいへんな人生(といっていいのでしょうか)かが綴られているのですが、後半は、電信柱さんに芽生えた恋心についてお話が展開します。

心温まるけなげでピュアな恋物語です。

簡単に言いますと、花屋の軽トラックが落としていったちっぽけな苗が成長し、「こうべを上げて育ち始めた」のです。

わたくしの毎日は、その成長を見守る楽しみで満たされていたのです。

やがて「直径二十センチ程の円のように広げられた葉の中央に、ぽっちりと桃色の、いえ、さくら色の点が、いくつか見え隠れするように」なり、その蕾が大きく膨らんできたのです。

いつ、どのように花開くのだろうと想像しただけで、狂おしい思いで、胸が締め付けられ」てしまった電信柱さんは、完全に恋してしまったわけですね。

電信柱とピンクの花の恋が、そこから会話を持って始まります。

ひとつだけ花を咲かせたさくら草が、電信柱さんに声をかけたのです。

ずっと、あたくしを見守ってくだすっていたのは存じています。

どうも、ありがとうございました」と。

お仲間との会話から洩れ聞こえる言葉を必死に聞いて、電信柱語を習得しました。」だなんて、なんてかわいい!

電信柱と植物は通常共通語を持っていないのね、と、ここで知ることにもなりました。

読者である私でさえ、このさくら草の言葉たちには気持ちが高ぶりましたが、当然当事者である電信柱さんの高揚ぶりはすごかったよう。

あまりの感激に今にも倒れそうになりましたが、町内を停電にすることはならぬ、と必死で踏んばりました。

そして、緊張しながら、わたくしも声をかけてみたのです。

『よくご無事でした』

『ええ』

濃いピンク色の花弁が、わたくしを仰ぎ見ています。

ああ、電線を引きちぎって、幸福の絶頂のさなかに感電してしまいたい。

ここで思わずこみ上げてくるものがありました。

と同時に、電信柱ならではの気持ちの高ぶりを表現した言葉にほほ笑ましくもありました。

電線を引きちぎりたいほどの幸福って、人間ならどのような表現になるのかしら。

着ている服を破りはがす?・・・とも違いますよね。
要は「天にも舞い上がる」気分ということですよね。


それから続くふたり(電信柱&さくら草)の会話はあまりにもていねいな口調で、まるで時代劇の頃のプラトニック・ラブのよう。

さくら草も、見守ってくれた電信柱さんに想いを寄せていたようで、

嬉しい・・・と呟いて、さくら草は、ふわりと、もうひとつの花を咲かせました。

あなた様のために、精一杯、装わせていただきます、と添えながら。

わたくしは、その瞬間、世界のすべてを許しました。

ブラボー、マリアンヌ!

おまえですら可愛い小犬に思える!

恋は、たった今、始まったばかりです。

電線という電線が、冷やかしの口笛を伝えて、ヒューヒューと音を立てました。

ここが大好きです。

私まで幸せな気持ちになってしまいました。

恋をすると優しくなり寛大になれるということを電信柱さんが証明しています。


その後、ですます調ではなく親しく話せるようになったふたり。

ところが、予期せぬ不幸が、さくら草を襲いました。

ある夜更け、「酔っ払いが、わたくしにすがり付いて、盛大に吐き始めたのです。・・・(略)・・・

後には、吐瀉物にまみれたさくら草が残されていました。

だけど動けない電信柱さんにはどうしてあげることもできないのです。

どんなにもどかしかったことでしょう。さくら草と同じくらい、電信柱さんもつらかったことでしょう。

『あたくしなら・・・大丈夫ですわ・・・』

自分が絶体絶命の危機にあるというのに、さくら草は、口癖のようになっている痩せ我慢の言葉を絞り出していました。

こんな時だというのに、まだわたくしに心配をかけまいと一所懸命になっているのです。

いじらしいにも程がある!


そして悲しい結末が待っています。それはあまりにあっけなく、私はとうとう涙が出てしまいました。

物語の最初のほうで登場した民家のおばさんが再び登場します。

朝、電信柱の足許に広がる吐瀉物に舌打ちしたおばさんは、園芸用の土が入った袋を家から持って来て、「何の躊躇もなく」ぶちまけて覆い隠してしまったのです。

吐瀉物の下にはもちろんさくら草が。

そのあたりの記憶が、わたくしには、ほとんどありません。

電信柱さーん、というさくら草の最後の声を聞いたような気もします。

ショックで呆然とした電信柱さんの様子がうかがえます。

そして我に返った時、「泣きたい、と感じましたが、わたくしには涙腺がなかったのでした。」と気づくのです。

ラストはこのようにしめくくられます。

足許に土の盛り上がりが見えます。

わたくしは、本物の墓標になりました。

墓碑銘は、もちろん、あの花言葉です。

ここで物語を振り返り、読者は思い出すのです、その花言葉が「無言の愛」だったということを。

せつないです。

山田詠美はたくさんの「死」を小説にするし、それをたくさん見て来ました。

驚くほどさっぱりあっさりしたものも多く、山田詠美にとっての「死」が忌み嫌う特別なものではないということを感じました。

彼女の小説を読んでいると、「死」とは自然の流れとして受け止める、川の流れのようなものだと感じるのです。

ですが、今回の「電信柱さん」というお話の中で描かれた「死」には、胸をしめつけられる想いがしてなりません。

たぶん、人間じゃない存在の死だったからそう感じたのかも。

人間ではない、ちっぽけだけど一生懸命なものの死だからこそ、逆に際立って感じたのかもしれません。

そう感じさせるのがエイミーの意図によるものなのか、私が勝手にそうとらえてしまったものなのかはわかりませんが。


今度もし電信柱に寄り添うように咲いている小さな花を目にした時は、じーんとこみ上げてくること間違いなしでしょう。

そして、どうかワンちゃんおしっこかけないで!と祈るでしょう。

好きな人間(この場合山田詠美)の書くこと言うことに多大な影響を受けやすい私ですので。

ユーモラスな中にせつなさを宿らせる「電信柱さん」は、絶品小説でした。


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