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2011/01/06

往復書簡 「二十年後の宿題」  湊かなえ


往復書簡  湊かなえ
¥1,470(送料無料)


2010年9月発行
幻冬舎
265ページ



往復書簡」には3つの物語が書かれています。すべて手紙のやり取りだけで綴られた小説となっています。

タイトルはそれぞれ、
「十年後の卒業文集」
「二十年後の宿題」
「十五年後の補習」。

その中から、一番私にとってインパクトがあったのは「二十年後の宿題」でした。

真実はたったひとつなのに、それを経験したそれぞれの立場や生活背景によって、こんなにも捉え方が変わるのだという怖さや衝撃を見事に書きあげた作品です。

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定年退職した女性教師竹沢真智子が、昔の教え子大場敦史へ送る手紙から物語は始まります。

38年間の小学校教員生活の中で、1,000人以上を受け持った中、卒業後も毎年年賀状を送り退職祝いまで贈ってくれたのが彼くらいのものだと竹沢先生は書き始めます。

そして、長年の教員生活の中で、6人だけどうしても気になる教え子がいるのだが、自分は長期入院することになったため、大場君に彼ら彼女らに会って今幸せかどうか様子を教えてほしいと頼みます。

大場君が教師(高校の)となったこともあるのでしょうが、こんなことを頼めるくらいですから、よほど彼を信頼していたのでしょう。

彼は快く引き受ける旨を手紙にしたためます。

そして、真面目な大場君は先生のメモに書かれた順番どおりに6人に連絡を取り会い始めるのです。ちなみに、その6人と大場君は同い年。

大場君は、次々と出会う先生の元教え子たちとの会話を忠実に再現して手紙に書きます。

まずはじめに会ったのが、河合真穂。彼女は結婚し幸せな生活を送っていました。そして彼女が「あの事故」という言葉を発したことにより、なぜ6人に会ってほしいと先生が自分に頼んだのか、大場君は知ります。

図工の時間に落ち葉を使った工作をすることになり、先生がクラスの男子3人女子3人に声をかけ赤松山に落ち葉拾いに行くことになったそうです。

先生の優しいだんなさんが作ったお弁当は豪勢で、6人の子供たちは大喜び。食べ終えると、女子3人は先生とバドミントンを、男子3人は先生のだんなさんと川に下り散策をすることになったそう。

しかしここで事故が起きるのです。先生のだんなさんと良隆くんが川に落ちてしまったのです。

先生は川に飛び込み2人を助け、良隆くんは無事一命を取り留めたけれど、だんなさんは死んでしまった。

先生はそのことには触れず明るく教師をしていたけれど、翌年春転任し、結局6人とは何も話さず別れてしまったというわけです。

この事件を軸に、6人それぞれと大場君の会話が始まり、真実がさらされていくのです。

たったひとつの真実なのに、6人の受け止め方や生き方への影響がまるで異なっていることに驚きます。

事件への思いや6人その後の人生を、大場君が出会った順番にひとりづつ書いてみます。


1人目:河合真穂

「川に落ちた!」という言葉を聞き走り出す先生に、救急車を呼ぶように言われ言うことを聞いた河合。つまり事故現場は見ていない。

「先生にはお気の毒だけど、亡くなったのがだんなさんの方だったのは、まだよかったのかもしれないわね」という母親の言葉に不審を抱きつつ大人になり、今その意味を理解する。

しかし同時に自分も結婚した身ゆえ、だんなさんを亡くした先生がどんなにつらかっただろうと同情。

先生、長いあいだ本当にお疲れ様でした。」としめくくる。

結論・・・事件のことは引きずらず生きている。先生に同情。


2人目:津田武之

現在、証券会社ビジネスマン。

良隆くんが川の石から足を滑らせ、先生のだんなさんがすぐに飛び込んだのを見て、事故のことを先生に走って伝えに言った。

川に戻った時目にしたのは、必死でだんなさんに人工呼吸をする先生の姿。

先生があの日声がけした6人は適当に選んだのではなく、貧乏で予定のなさそうな子を選んだのだと気づいていた。

先生のだんなさんがふるまってくれたお弁当は、今まで食べたことのないようなおいしいものばかりで、そのことがその後「人様の好意は素直に感謝して受け入れる」彼に変えた。

先生に感謝していると伝えてほしい。」としめくくる。

結論・・・たったひとつの卵焼きが忘れられず、記憶が美しいものへと昇華しているように受け取れる。

友人の死より、優しく大好きだった先生のだんなさんへの思い出がきらめいている。


3人目:根元沙織

結婚し5歳と3歳の子の母親。

先生とともに川に駆けつけ一部始終を見た。

先生は川に飛び込み、良隆くんをだんなさんから引き離し、だんなさんだけを抱えて川岸に戻って来て人工呼吸を始めた。

幸い良隆くんは大人しく水面に浮かんだまま流され、岩にひっかかり、根元を含む3人が引き上げた。

それから先生を信用できなくなり、教師全般に対しても不信感を持つようになる。

だがだんなを持つ今なら理解できる。自分のだんなは泳げないから、もし他人の子供とだんながおぼれていたら、先生と同じ行動をとるかも。いや、おろおろして川岸で「誰か助けて」と叫んでいるだけかもしれない。

竹沢先生によろしくお伝えください。」としめくくる。

結論・・・教師は結局最終的には教え子を見捨てるのだという不信感を持って大人になる。

だが、自分も同じ行動をとるだろうと、今ならわかる。


4人目:吉岡辰弥

市内の土木会社で現場勤務。

川へ行こうと言ったのも自分、大人しく断れない性格の良隆くんに、石をつたって川を渡れと言ったのも自分。

藤井利恵とのケンカを見て仲直りさせるために、落ち葉拾いが計画されたと思っている。落ち葉拾いさえなければ先生のだんなさんが死ぬことはなかったのに・・・。

結果事故が起きたので、先生のだんなさんが死んだのは自分のせいだと今も苦しんでいる。

吉岡は先生のだんなさんが泳げないことに気づいていた。

結論・・・言葉は荒いが根が優しく、過去を引きずる。同じく後悔して生きている利恵を実は好き。


5人目:生田良隆

川で流された張本人。大場くんは彼に会うことは拒まれた。代わりににメールに添付された手記をよこした。

自分のせいで先生のだんなさんが死んだと苦しむ。「先生の旦那さんのぶんまでがんばらなきゃね」というのが口癖になった母親に苦しむ。自傷行為を繰り返す。

ある日、今にも自殺しそうな女性を見つけ、交番に駆け込む。女性は無事保護された。女性の夫に何度も礼を言われた。

一人分の命を助けたことになる。これで、旦那のことは終わったことにしてもいいだろうか。

それから自分のための人生を歩み出す。小さな会社勤めに、休日は読書に散歩。それでもその生活にとても満足している。

お願いだから、もうあの事故のことはこれで終わりにしてほしい。

結論・・・自分のせいで人が1人死んだと、自分を責めて苦しんで生きて来た。

だが、ようやくもう1度あらためて歩き出した。


6人目:藤井利恵(山野梨恵)

小学校6年のとき両親が離婚し、名前の漢字表記も変え「山野梨恵」となる。

事故のとき、先生のお腹に命が宿っていたことを知っていて、先生のだんなさんの死と流産は自分のせいだと責めて生きる。現在看護師。



なんと、大場くんの婚約者だということが、会って話をして判明。

先生は、藤井利恵が大場くんの彼女だと知っていて6人に会わせようとしたのだということも判明。

大場くんは、自分の婚約者が吉岡を好きなのではと混乱。


最後に、先生がなぜ6人に会うことを大場くんに頼んだのかがわかります。

婚約者である藤井利恵(山野梨恵)が、こんな私が結婚してよいのでしょうかと前もって先生に手紙を書いていたことが始まりだったのです。

先生は、彼女の生きた背景を5人に会わせることで大場くんに教えたかったのではないでしょうか。

そして、2人が幸せになってほしいと願って、大場くんに依頼したのではないでしょうか。

最後は、先生への短い手紙でしめくくられます。しかし差出人がありません。

先生、おからだの具合はいかがですか?

盆休みに彼女と二人で、先生のお見舞いに大阪まで行かせてもらいたいと思います。

それでは、また。

吉岡とも大場ともとれる終わり方。その先は読者にまかせるということでしょう。

6人の事件に関わった子供たちと、大場くん。そして仕掛け人であるかのような先生。

性格や家庭環境も大いに関係したわけですが、ひとつの事件が、それぞれの人生を輝かせもし影を落としもした。

川に落ちた生田くんの人生を思うと、こみ上げるものがありました。被害者なのに、加害者かのような心情。どんなにつらい思いをして生きてきたのでしょう。

最後に一人の人間の命を救えたことで、自分自身の心も救うことができて本当に良かった。堅実に、小さな幸せをかみしめながら生きていけるだろうと確信できてうれしく思いました。

どの立場で考えても、何らかを感じとることができる物語です。



★湊かなえさんプロフィール

1973年広島県生まれ。
2007年「聖職者」で第二十九回小説推理新人賞を受賞。
同作を収録したデビュー作『告白』が2008年「週刊文春ミステリーベスト10」、2009年「本屋大賞」でそれぞれ第一位となる。

湊さん著書(一覧

    

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