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2011/03/23

1973年のピンボール  村上春樹


1973年のピンボール  村上春樹



講談社文庫
2004年11月
183ページ


読むのは2度目です。といっても、1度目は物語に入り込むことができず、速読流し読みでした。

今回は、3月11日の東北大震災から1週間後、朝早くからスーパーに並び、その待ち時間3時間とちょっとで一気に読みました。10ページほど残してスーパーで食糧の買出しを終え、ラストは帰宅後読み終えました。

東北の中では仙台の寒さはまだましとは言え、朝7時過ぎの空気は冷たく、手足はかじかみ途中で感覚を失くしました。

だけどその冷気が読書への集中力を増してくれたよう。手袋をはめた指でそっと1ページずつめくり、おじちゃんたちの世間話もいつしか耳に入らないくらい無事本の世界に入ることができました。

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村上春樹氏の表現する、自然についての描写が好きです。どの作品にも、こと細かに頭で想像できるような美しい自然の描写が必ずあります。

それは物語の本筋とは一見関係ないようにも思えるのですが、すべてが映画の背景のように必要不可欠な色付けとなりなくてはならない文章となります。

まるで闇の中の透明な断層を滑るように風は音もなく流れた。

風は頭上の樹々の枝を微かに震わせ、その葉を規則的に地上に払い落とす。・・・」

この描写のあと、主人公の親友である「鼠」があらゆる言葉を失くしたまま立ち尽くすシーンが続くのですが、そのとにかく音がなく静かな世界を一層極めるのはやはり先の文章があるからでしょう。


1973年のピンボール」は、1980年に単行本として出されました。私が読んだのは、2004年に第1刷が出版された文庫版。

30年ほど前の村上作品らしい、男性が共感しそうなハードボイルドな物語。私はぐいぐい入っていくことはできませんでしたが、やはりその描写や哲学的な発想は好きです。

登場人物が常にタバコをくゆらせ、時代に抗わず生き、時に消える者もある。あるがままを受け入れつつ芯も失っていない男たちに、意味を与える女性がちらほら登場する。

今作で、主人公に意味を与える女性として登場するのは、直子と、朝目覚めるとすでにそこにいた双子。

直子は、記憶の中に存在しつつも現実味があるのですが、双子はもしかして宇宙人?それとも妖精?と疑いたくなる、どこか現実離れした存在感。一応、れっきとした人間の設定になっているのですが。

主人公の部屋にいつの間にかいて、当然のように供に過ごし、物語最後にはもう帰るわと何事もなかったかのように去ります。

彼女たちは一切見分けがつかないくらいすべてそっくりで、名前がなく、コーヒー・クリーム・ビスケットばかり食べ、配電盤に強い興味を持つ2人でした。

主人子は友人と2人で翻訳の仕事をし、それなりにうまくいっています。1970年の冬、彼はピンボールに没頭しますが、そのあたりが私には興味が持てませんでした。

細かいところに謎を残す書き方は、今も昔も変わらぬ村上春樹氏らしい特徴のひとつ。直子は?双子は?鼠は?と、いくつかの疑問が残りましたが、それはそれで追及しないことにしまして。

ひとつの青春物語といっていいでしょうか。淡々と生きつつ、どこかに切なさを隠し持った登場人物たちが、最後には風に吹かれてふっとどこかへ消えて行ってしまいそうな。

最後は静かにまとまっています。

僕は一人同じ道を戻り、秋の光が溢れる部屋の中で双子の残していった「ラバー・ソウル」を聴き、コーヒーをいれた。

そして一日、窓の外を通り過ぎていく十一月の日曜日を眺めた。

何もかもがすきとおってしまいそうなほどの十一月の静かな日曜日だった。


村上春樹さんプロフィール

1949年京都生まれ、西宮市・芦屋市育ち。
早稲田大学第一文学部演劇科卒、ジャズ喫茶の経営を経て、1979年『風の歌を聴け』で群像新人文学賞を受賞しデビュー。
当時のアメリカ文学から影響を受けた文体で都会生活を描いて注目を浴び、村上龍とともに時代を代表する作家と目される。
2006年、特定の国民性に捉われない世界文学へ貢献した作家に贈られるフランツ・カフカ賞を受賞し、以後ノーベル文学賞の有力候補と見なされている。


村上さん著書(一覧

  

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