チェック☆

2011/04/05

シュガータイム  小川洋子

シュガータイム  小川洋子



中公文庫
1994年4月出版
215ページ


なんともかわいらしいタイトル。

主人公かおるが、あることをきっかけに異様な食欲を見せ、食べたものをすべて日記に書き収めてから1日を終える、というところから物語は始まります。

一見過食症なわけですが、だからといってこのかおるはどんどん太っていくわけではないのです。体重に変化はない、細身の女子大生。過食症ではないと直感的にかおるは理解しているようです。

「シュガータイム」には、かおると、彼女を取り巻く人間模様が描かれているのですが、小川洋子さんらしく静かにゆるやかに話は展開していきます。

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ささやかな二つの出来事と一緒に、わたしの食欲はおかしくなってしまったのだ。」とかおるは自己分析。

母親は違うけれど本物の姉弟のように仲の良い弟が、とある神道宗教の協会へ修行をするために引越しをすることになったこと。

かおるがはじめたウェイトレスのアルバイト。宴会後残された「アイスクリーム・ロイヤル」なる巨大なアイスの塊に、アルバイトみなでスプーンを突き刺し黙々と食べて胃に収めたこと。

これらがきっかけとなったのです。

かおるはそのことを、心優しく明るい親友の真由子に最初に打ち明けます。

真由子は話を聞き、「今日はとことん、かおるに付き合ってあげる。かおると同じものを同じ量だけ一緒に食べてあげる。そうしたら何か、正体がつかめるかもしれない」と、その夜遅くまでいっしょに食べ続けます。真由子は夜中3時でリタイアしてしまい、正体もつかめませんでしたが。

かおるには吉田さんという彼氏がいますが、彼に打ち明けることはありませんでした。

かおるが食材を大量に調達する「サンシャイン・マーケット」がとても魅力的に書かれていて、お腹が鳴りそうになりました。

食欲が以上になってから、かおるはそこを「特別美しいマーケットであることに気付いた」といいます。夜の照明や、いつも完璧に整頓されている陳列棚や、静かな店内。

サンシャイン・マーケットの商品たちは、どきっとするほどけなげな視線をわたしに投げ掛けてくる。決して押しつけがましくなく、きちんと整列し背筋を伸ばしたその視線を、わたしはどうしても無視できない。

と、かおるがどれだけサンシャイン・マーケットの食べ物たちに惹かれているかがわかります。

それと同時に食いしん坊な私は、その輝くサンシャイン・マーケットを想像して、ごくりと生つばを飲むのでした。


かおるの食欲だけが物語りのメインではありません。同じくらい登場するのが、弟である航平について。

ちょっとした宗教のようなものの修行を始めたとはいえ、航平はいつも穏やかで物静かな男の子。修行について動揺する母親を尻目に、かおると航平は落ち着いて現実を生きます。

航平の特徴として、「美しいまばたきをする」こと、背が大きくならない障害を抱えていること、この2つがあげられます。

どちらの特徴も、はかなげで繊細な、思慮深い航平を描くにはなくてはならないポイントに感じられるのが不思議です。

かおるが11歳、航平が8歳のときに初めて2人は引き合わされるのですが、そのときの印象をかおるは次のように語ります。

わたしはこれほど美しいまばたきを見たことがなかった。・・・(略)・・・

航平はとてもゆっくりとまばたきをした。一瞬、このまま目を閉じてしまうのではと、心配になるくらいだった。

そしてまつげは蝶の触覚のようにか細かった。一回まばたきをすると、そのか細いまつげが微かに震え、目元を優しい風が過ぎていったかのようだった。

途中何度も、航平がゆっくりまばたきをするシーンが出てくるし、そのシーンをかおるが回想するところも出てきます。航平を愛おしく思うかおるの気持ちが、まばたきに表れているかのよう。

まばたきが象徴するものは、何でしょう。

彼の心の中をのぞくのは難しかった。彼は自分の気持ちのすべてを、あのまばたきの中に閉じ込めていた。

とあります。私には、航平が、まるで仏様のように落ち着いた優しいまなざしで、いろいろなものをじっと見つめる様子が思い浮かびます。

実際、航平の存在はかおるにとって「癒し」のように思えました。航平のまばたきを見ることで、また彼と同じ時間を過ごすことで、かおるは自分の芯のようなものを保っていたかに思えるのです。

かおるの彼氏、吉田さんも思慮深く物静かで、どこか航平とつながる感じのする男性。2人の関係はとても静かで、情熱はあまり感じないものに見えたのですが、かおるは確かに吉田さんのことが好きでした。

吉田さんもかおるのことを想っていたのに、精神科のカウンセリングで出会った心を病む女性とともに海外へ研究留学へ旅立ってしまいます。

深く傷いたり動揺したりしないかおるの描き方は、小川洋子さんらしいキャラクター設定だなとつくづく感じます。もちろんショックだったはずなのに、そのような描写は一切なく、ただ静かに現実を受け入れるといった様子。

吉田さんは別れの手紙をかおるに送るのですが、彼女がそれを読んだのがサンシャイン・マーケットの片隅だったというのも、今まで続いてきた物語を大きく完結させるかのようでおもしろいと思いました。

最後、かおると真由子、航平、真由子の彼氏の4人で野球の試合観戦に行きます。かおるが、紙吹雪を空に向かって何度も投げるところで物語は幕を閉じます。

かおるの食欲がどう収束したのかは結局書かれていませんでした。そこは読者の想像にゆだねたのでしょう。

現実世界を舞台にして描かれているのに、どこか夢物語のようにも見える「シュガータイム」は、いつもながら透明感のある小川洋子さんらしい小説でした。

いつも感じるこの不思議な空気感が大好きです。この空気感に浸りたいがために、小川洋子作品を読みあさりたくなるのです。

文庫版の解説は、林真理子さん。すぱすぱ言いきる書き方は潔く読みごたえがありました。


小川洋子さんプロフィール

1962年、岡山市に生まれる。
早稲田大学第一文学部卒。医大秘書室に勤め1986年、退職。
1988年、「揚羽蝶が壊れる時」により第七回海燕新人文学賞を、 1991年、「妊娠カレンダー」により第104回芥川賞を受賞。
2004年、ベストセラーとなった『博士の愛した数式』で読売文学賞、本屋大賞受賞。 


小川洋子著書(一覧)
  
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