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2011/05/29

ジーノの家 イタリア10景   内田洋子

「ジーノの家 イタリア10景」内田洋子




文藝春秋
2011年2月15日
283ページ


昔から一番行ってみたい国、イタリア。
それは、明るい太陽と人々、新鮮でおいしいイタリア料理、活気あふれる町並みを想像しての単純な動機です。

大学でイタリア語を学び、その後イタリアで30年ほどを過ごした内田洋子さんという女性の体験を綴るエッセイ集です。以下10編が収められています。

・黒いミラノ
・リグリアで北斎に会う
・僕とタンゴを踊ってくれたら
・黒猫クラブ
・ジーノの家
・犬の身代金
・サボテンに恋して
・初めてで最後のコーヒー
・私がポッジに住んだ訳
・船との別れ
(・あとがき)

私にとってイタリアというと明るくて色で言うと原色を思わせるイメージですが、落ち着いたブルーの表紙の書籍同様、内容もしっとり静か。

ひとつひとつの話が、実話だからこそなお胸にぐっとくるものが多く、イタリアへのイメージが一変しました。
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海外生活を描いたエッセイ本の場合、たいていは「私はこの国が好き。愛すべきこの国に出会えて幸せ」というメッセージを前面に押し出すものが多いと思う。たとえ変わったところや困ったところがあったとしても、それも含め、その国やその国の人を受け入れる文章になる。

だけど内田さんは少し違います。
30年も住み着いた国だもの、愛しているに違いはありません。
だけど、文章中ただの一度もイタリアへの愛を具体的には書いていないのです。

ただ、イタリアで出会った人々との思い出を淡々と描く中に自然と愛を感じることができます。

読者の私が、登場人物に切なかったり愛おしかったりする感情を抱く時点で、それは文章にこめられた内田さんの愛があるからだと気付くのです。


「ジーノの家」は、イタリアについて様々な面を知ることができる1冊です。
まず、北のミラノと南では人々の様子も生活もだいぶ違うことを全編通して知ることになります。

2台の携帯電話をそれぞれの耳に当てながら話したり、1日中びっしりと予定を入れないと気がすまなかったりする、いかにも都会なミラノ人。8月末には朝晩めっきり涼しくなるミラノの人々は、まだまだ日差しが強烈な南部イタリアをアフリカと呼ぶそう。

人間も気候も違ければ、当然生活水準も違います。

ペット誘拐事件が頻発するミラノに対し、無職の人間が普通に暮らしているイタリア南部。

貧しさを脱するために、危険で重労働なサボテンの実の収穫を親族総出でするサルヴォたち。彼の父が、農園を褒めた内田さんに「庭園、と呼ぶのですよ。わしらはね」とぴしりと言い放つシーン。内田さんはあわてて謝りましたが、「庭園」と呼ぶその思いに富への切実な希望が込められている気がしました。

もちろんミラノに住んだことのある内田さんですが、人知れずひっそり存在する小さな町や村をあえて選んで居住したということもたくさんあります。彼女の好奇心と、イタリアのもっと奥深いところを見てみたいという思いからでしょうか。そのあたりの理由を書かないところが内田さんらしい。

短い期間だったけれど住んだことのあるポッジという村について、詳しく書かれているのが10編中最後の「私がポッジに住んだ訳」。ペルー人やトルコ人と出会い、まるで自分がどこにいるのか一瞬わからなくなってしまうような、異人種が集まる村。

ポッジでは敬虔なイスラム教徒にも出会います。イスラムの教えで女性は他人に顔を見せても口を聞いてもいけない。それでもハッサムの母が毎朝焼くパンをたいそう気に入った内田さんは、これから私にも買わせてほしいと願い出る。顔を覆うブルカの奥で「了解」と目でほほえむハッサムのお母さん。

本書を読んでいていちいち関心するのは、内田さんの好奇心の強さと行動力。イタリアが治安が良くないというのは読んでいてわかったのですが、内田さんは自分からどんどん危うい所へも足を踏み入れます。ジャーナリスト魂とイタリアへの愛から来る行動力なのでしょうが、けっこうひやひやする場面もあるのです。

一歩間違ったら命も危ないのではと不安になる「ミラノの暗黒街」の話は、1編目の「黒いミラノ」に綴られています。

本のタイトルにもなっている「ジーノの家」は、内田さんが自ら不動産屋とやりとりし、海の見えるインペリアの一軒家に住むことになるまでのいきさつが書かれているのですが、静かに涙がこみ上げてきました。

家を貸したいジーノは、内田さんにとって第一印象のたいへんよろしくないくたびれた中年おやじでした。だけど、訥々と語り出したジーノの苦労を重ねた人生話を聞くうちに、ようやくたどり着いた一軒家を見て内田さんは即決で「私が借ります。」と賃貸を決めてしまうのです。

ジーノに対しての同情や切なさなどは一切文字にしていない内田さんですが、しっかり見もしないのに便の悪いところに建つ家を即決で借りてしまうという行動に、内情が表れています。

ジーノだけではなく、幼い頃から貧しい生活をしてきたイタリア人は少なくないようです。全編を漂うもの悲しさは、貧しさにより失った形のないものを、イタリア、特に南イタリアに住む多くの人が内に秘めているからかもしれません。

貧乏なんて吹き飛ばして陽気に生きよう!というのがイタリア人だと想像していたのですが、内田さんの出会った人々は静かに現実を受け入れ地味にひっそり生きているという印象が強い。


内田さんがイタリアでたくさんの人と出会えたのは、ただのジャーナリスト魂だけで功を奏するものではありません。自分から心を開き、どんな相手も受け入れ、より知ろうとするその姿勢があってこそのものだと思います。

喜怒哀楽の表現が少ないぶん浮き彫りになる、イタリア人の心情を知る1冊です。


内田洋子さんプロフィール

1959年神戸市生まれ。
東京外国語大学イタリア語学科卒業。
UNO Associates Inc.代表。
欧州の報道機関、記者、カメラマンをネットワーク化してマスメディア向け情報を発信。

内田さん著書(一覧
  
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