チェック☆

2011/06/22

ライ麦畑で熱血ポンちゃん  山田詠美




新潮社
2011年3月発行
223ページ
装画:上條淳士


「小説新潮」で、2009年2月号から2011年1月号まで書かれたものをまとめた1冊。エイミーことポンちゃんのエッセイ本です。

大好きなエイミーですが、エッセイはほとんど読んだことがなかったのですが、かなり楽しんで読めました。笑えた笑えた。

この1冊を読んで確信しました、山田詠美さんはかわいらしい女性だなと。
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フワンソワーズ・サガンという作家は、私の内で特別なものとなり、そして、今もなお、君臨しているのである。

私の小説の神様は、黒人作家のジェイムズ・ボールドウィンだが、その名前も、植草氏の書いたもので知ったのだった。

趣味というか、日常動作の一部のように読書がしみこんでいるエイミー。
ところどころに偉大な作家の名前が登場します。
それは国籍問わず。日本人作家も海外の作家も、そして軽い作品もどっしり思い作品も、なんでも読むのですね。




あー、いかん。またもや、私、言葉の小姑になっている。いや、この場合、小説に関わることなので、大姑と化している筈だ。ま、ばあさんの小言として聞き流してくれたまえ。

奔放なイメージのエイミーですが、正しい日本語を使うことにものすごく神経質。テレビを見ていても本の帯を見ていても、「これ、間違ってるよ」とすぐに引っかかってしまいます。

これは、本の帯に「すみきった青空のように透明で、陽だまりのようにあたあたかい・・・」という推薦文を見つけたときの言葉。

すみきった青空のように透明って・・・頭痛が痛い?馬から落馬?うえー、駄目なんじゃない?これ。売り上げの足、引っ張ってんじゃないの?

言葉を愛し、言葉を紡ぐことを生業としているエイミーには見逃すことのできない間違いだったのです。
きっと意識せずとも自然と活字に目が行き、文章を追うのでしょうね。


自己分析の表現も好き。自分のことを書くとき、茶化した表現が多いのですが、こんなおもしろいものもありました。

実は、私は、ものすごーく執念深いのである。
でも、それが普通の人のレベルをはるかに凌駕しているので、ひと回りしてしまい、ほとんどのほほんとした調子に見えるのである。
いや、本当に、のほほんとしてしまったのである。
だって、こんな激しい感情をいちいち表に出していては生きていられない。
よって自己防衛のために負の要素は封印することにしているのである。

のほほんとした形に収まったけれど、実はそれは自己コントロールの結果できたものなのですね。


1冊を通して印象に残ったのは、ここ最近死んでしまったエイミーの男友達の話。
ぽつりぽつりと彼が登場します。

もうじき、彼の二回目の命日がやって来る。長かったような短かったような大事な人の不在期間を過ごしてみて思う。人って、忘れられなければ、死んでも生きているんだなあって。

この文章、じーんときてしまいました。
しんみりしてしまうけど、いつも彼を近くに感じているエイミーは幸せ。


もうひとつ対照的な話として1冊を通して登場するのが、エイミー家に押し寄せる虫たち。

これは本当に笑えます。
虫と必死に格闘するエイミーの姿を想像し、表現力のおもしろさも手伝い、笑えます。

巨大で真っ黒な蝉が、毎日のように、おなかを見せて転がっていた。
恐る恐るコンビニの箸を持った手を伸ばして、処理しようとした私。
すると、蝉は、突然、息を吹き返し暴れ始めるのである。
箸ごと放り出して、叫びながら家の中に逃げ帰っちゃったよ。
で、しばらくして、ドアの隙間からうかがうと、もうどこかにずらかっている。
何なの?
何だって、私に対して死んだふりするの?
どうして嘘をつくの?
私が、いったい何をしたっていうの?

このあたりなんて、かわいくて愛おしくさえなってしまう。
私もこの時期、毎晩玄関灯に無数に集まる蛾やなんやかやと格闘するので、エイミーの気持ちは痛いほどわかるのです。

虫なんて気にしないわ、というイメージだったエイミーですが、人間らしい(?失礼)女性らしい一面を見て、より親近感がわきました。


ほっこりする話もありました。
カピバラに心捕らえられた時期があったというのです。

あの、見物人など一向に意に介さない超然とした態度。
檻の側に立ち尽くしたまま微動だにしないあっぱれな姿。
檻をはさんで十五センチの距離で話しかけてみた私も無視。
ねえ、きみ、生きてんの?という言葉に、ゆったりと瞬きをするのみである。
体の形状も変だ。
ジョニー・デップ主演の『シザー・ハンズ』のハサミ男がしゃかしゃかと刈り込んで動物型にした庭の植木みたい。
あれが枯れて茶色になったみたい。
ねえ、きみ、どうしてそんなに変な形なの?

ハサミ男の庭の植木、なつかしい!
確かにそっくり。
エイミー、よくあれを思い出したなー。
ものすごい記憶力と、それを引き出す能力を持っている人。

しかも彼女はカピバラからあることを学んだのです。
それは「孤高のあり方」。

私は、この先、いかなる窮地に陥ることがあろうとも、心にカピバラを保ち生きて行こうと思う。

これには大爆笑でした。のほほんとしたカピバラくんも、まさか天才作家にここまで尊敬されているとは知る由もないでしょう。

エイミーからこんなかわいらしい話が聞ける(読める)なんて、予想外でうれしい。
動物好きなもので。

「ライ麦畑で熱血ポンちゃん」はエッセイ本の中では一番新しいものなので、今の山田詠美を知ることができます。

ラー油にはまったエイミーがあれこれ買いあさった中で、これしかないと言わしめた石垣島のラー油と京都ホテルホークラのラー油はぜひ口にしてみたいな。


山田詠美さんプロフィール

1959年2月8日生まれ。
明治大学文学部日本文学科中退。
1985年『ベッドタイムアイズ』で文藝賞を受賞しデビュー、芥川賞の候補にもなった。
1987年の『ソウル・ミュージック・ラバーズ・オンリー』で直木賞を受賞。

エイミー著書(一覧
  
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2011/06/12

韓国人は好きですか?  パク・チョンヒョン

 



講談社+α文庫
2008年7月発行
182ページ


できたらこの本、去年韓国を訪れる前に読んでいたかったな。
そうしたらもっと気軽に韓国人に話しかけられたかもしれない。

そう思わせられる内容の1冊でした。

著者の朴さんは韓国人。だけど日本の大学で教鞭を取り、2つの国を比較する著書を多数執筆しているだけあって、鋭い観察力をお持ちです。

どちらがいいとか悪いとか、そういうことを朴さんは述べたいのではありません。
ただ、彼にとっての愛すべき両国それぞれのおもしろおかしいところ、気難しいところなどを私たちに教えてくれているのです。

朴さんが明るくユーモラスであることは文章を読めばわかります。
きっと大学の講義も生徒たちを沸かせているに違いありません。

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韓国初心者の私が、「やっぱりそうなのね!」と思えたことは本の中では恐らく1つだけだったような気がします。見落としていなければの話ですが。

それは、韓国人はみんなトッポキが大好物だということ。
「トッ」はお餅、「ポキ」は炒め物という意味。
韓国といえばキムチがぱっと思い浮かぶように、真っ赤な甘辛のタレで覆われた固めのお餅、トッポキもきっと大好きであるはずと思い込んでいたのです。
本場の人と同じようにトッポキが大好物になれてうれしい。

辛い物があまり得意ではないはずの私ですが、ソウルで食べたトッポキはとてもおいしかった。
今でも思い出すとゴクリとのどが鳴ってしまいます。
日本に戻り、あの味を探したけれど、残念なことにいまだ出会えません。

トッポキの話以外は、知らない話ばかりでした。
異国の知らない話というのはなんておもしろく新鮮に感じるものなのでしょう。

韓国人にとっての外食とは、イコール中華料理であることもはじめて知りました。

消えつつある大衆食文化として、生卵の黄身入りコーヒーというものもあったそう。生卵を2つ入れてほしいときは「ダブルでお願い」と言うそうで、これには笑ってしまいました。

いまだに男尊女卑思考が根付く韓国では、女の子を身ごもると堕ろしてしまうこともあり、男女比率のバランスが崩れ社会問題になったこともあるそう。そのため、国は病院が性別判別をすることを法律で禁止しました。

そこで一般的になったのが「テモン」と呼ばれる性別判断占い。日本語だと「胎夢」と書き、どんな夢を見るかで占い師に男女どちらが生まれてくるか判断してもらうという風習を指します。
妊娠すると、「テモンはまだ?」「こんなテモンを見たの」なんて会話は当たり前のよう。

電話に対しての考え方というか扱い方のようなものも、韓国と日本ではだいぶ違うことを知りました。

例えば、外出先で他人同士が携帯電話を貸し借りするのは抵抗あることではないし、知り合いが電話に出るまでしつこく何度も電話をかけるのもごく自然な行為だというのです。

日本で、他人に携帯電話を貸してと頼んだり頼まれたりしたことは私は一度もありませんし、しようと思ったこともありません。
日本でもテレビドラマでならそんな光景を見たことがある気もしますが、一般的にはまずあり得ませんよね。
電話を何度もかけ続けるというのも、ただのしつこいやつと思われるのがいやだし迷惑じゃないかしらと気にかけてしまうから、とてもできません。せいぜい留守電に「電話ください」と吹き込むか、メールで文字を残すかくらいが常識の範囲でしょう。

これを例にとってもおわかりのように、韓国では他人との距離感があまりないようなのです。フレンドリーというかオープンというか、日本人のように「知らない人はドロボウと思え」というような警戒心が感じられないのです。

タクシーは相乗りが普通だというし、電車の席に座っていて、目の前の人の荷物を「お持ちしましょうか?」と声がけするのも普通だそう。後者、素敵な話です。

素敵な話といえば、韓国の人の公衆電話の使い方。
これには韓国人の優しさを強く感じました。

日本では、100円入れて30円分しか話さなかったとしたら、あとの70円は戻ってこないし、それは公衆電話側の利益となってしまいます。
しかし韓国では、同じ状況だったとしたら、相手が受話器を置いたとしてもこちらが受話器を外したままであれば再び70円分通話ができるらしいのです。

このシステムも素敵ですが、だからこそ韓国人は公衆電話で話し終わったら、受話器をガチャンとかけ直さずに電話機の上や横に置いておくらしいのです。
それはつまり、次の人が自分の残った分を使い無料で話せるようにしてあげるという配慮。
なんて優しいのでしょう。
それをごく当たり前のようにできる韓国人は、日本人にはない思いやりの心を持っているように思いました。

もうひとつ印象的だった話は、朴さんが東大大学院の試験を受けた当日のこと。
面識のある先生が試験監督だったので、朴さんは、長い時間立ちっぱなしで疲れるだろうと教卓にこっそりコーヒーを置きました。
韓国では常識的な行動だそう。

ところがその後、誰が置いたかしつこく聞く先生に自分だと名乗り出た朴さん。
試験終了後、先生は朴さんに「これをくれたからといって、合格に関係はないよ」と言い放ちました。

この話は、情けないし朴さんが気の毒だしで、涙が出そうになりました。
なんの下心もないただの差し入れ、いや、むしろ労をねぎらっての思いやりの気持ちをさりげなく示した朴さんに、「点数稼ぎ(ごますり)の下心だろう」と思い込んで容赦なく言った日本人の言葉。

きっとこの時朴さんは日本人に絶望したでしょう。
だけど本書の中にはそんな表現はせず、「その日のことを思い出すと、今では苦笑いをする。」という控えめな書き方に留まっています。

韓国では5月15日は「先生の日」だそうで、日本にいる朴さんのもとにも、この日は韓国人留学生たちが花束を持って挨拶に来るそうです。
もちろんそこに日本人の姿はないでしょう。
目上の人間を敬う文化は、日本よりも韓国のほうが数段上を行っていると感じます。

「韓国人は好きですか?」は、お隣りの国である韓国に住む人々のことを知ることができるのはもちろん、日本人として見直すべき姿も示されていて、自分の生活や態度を改めて考え直すきっかけになる1冊だと言えます。

朴さんは立場上のこともあるのでしょうけれど、「もっとこうすべきだよ、ニッポンジンは」と強い物言いは一切していません。
体験した事実を書き、「苦笑いした」「あっけにとられて爆笑してしまった」「今となっては良い思い出だ」とさっぱり表現しています。

日本に住み着いてうろたえたことや傷ついたことはたくさんあるでしょうに、朴さんはこの国を好きだと思ってくれているようです。
そんな優しい大らかな心を持つ朴さんの温かみも感じられるエッセイです。


パク・チョンヒョンさんプロフィール

1969年韓国慶尚北道に生まれる。釜山育ち。
現在は法政大学経済学部教授。
2001年から男性雑誌「GQコリア」(韓国)のコラムで、韓日の大衆文化の比較をテーマに執筆活動開始。


★朴さん著書(一覧
  
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