チェック☆

2011/07/28

インパラの朝  中村安希





集英社
2009年11月発行
283ページ


「その地域に生きる人たちの小さな声に耳を傾けること」を主題に、26歳の中村安希さんは2年間の世界旅行へ出かけます。ユーラシア・アフリカ大陸をほぼ行き当たりばったりで旅します。

その2年間にわたる旅行での出来事を、出会った人々との触れ合いを中心に書かれた1冊が「インパラの朝」です。

読んでいる途中からただただ脱帽。
日本女性はかしこく強く美しいと常日頃感じてはいるのですが、安希さんの場合は別格というか、別次元。

ここまで痛く苦しくつらい体験を乗り越えられえる日本人女性が一体何人いるというのでしょうか。
精神的苦労もあったでしょうが、どちらかというと肉体的苦労のほうが断然あったと思われる体験ばかり。
しかもたった一人で。弱冠26歳で。
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序章「向かう世界」は、次の文章で締められています。


私は45リットルのバックパックの底に980円のシュラフを詰めた。
3日分の着替えと洗面用具、パブ論とバファリンと正露丸を入れた。
それからタンポンとチョコラBB。
口紅とアイシャドウと交通安全のお守りを用意した。
パソコンとマイクとビデオカメラを買い揃え、小型のリュックに詰め込んだ。
果物ナイフや針金と一緒に、ミッキーマウスのプリントがついた覆面も忍ばせた。
そして、ジムで鍛えた両腕に4本の予防注射を打ち、体重を3キロ増やして日本を離れた。


なんと身軽なのでしょう。男性バックパッカー顔負けの物の少なさです。
これだけで2年間世界を渡り歩こうとするわけですから、まずここで中村安希という女性が大胆で行動的、かつ細かいことは気にしない、という性質に違いないと想像できます。



色白で涼やかな瞳の女性です。射抜かれてしまいそうなそのまなざしの強さは、彼女のイメージとぴたり寄り添います。異国の服とストールを纏っているようですね。鮮やかな色がきれいです。

こんな清潔感あふれる女性が、旅先でとにかくめちゃくちゃになります。何日もシャワーを浴びられなかったり、ハエのたかる食事をしたり、暑さ寒さなど極端な気候に打ちのめされたり、心なき人間に翻弄され傷つけられたり・・・。

体調を崩してひどい痛みに襲われているときや、体力の限界で旅を続ける姿に、何度か「もうやめて」と心で叫んでしまいました。痛そうでつらそうで、本を読んでいるこちらまで萎縮してしまうことが何度もあるのです。

それでも彼女が旅をやめなかった理由。
それは、多くの出会いを欲し、実際それを得られていたからではないでしょうか。

驚くほどどの土地でもすぐに人と話打ち解ける術を持っています。
男女問わず自分から歩み寄るに違いありません。

目次をたどりながら、同時に彼女の進路を書いてみます。

カリフォルニア

中国

チベット

ネパール

マレーシア

カンボジア

ミャンマー

インド

パキスタン

中国キルギス

ウズベキスタン

トルクメニスタン

イラン

シリア

ヨルダン

イスラエル

イエメン

イエメーンジブチ

エチオピア

ケニア

ウガンダ

タンザニア

マラウイ

ザンビア

ジンバブエ

南アフリカ

ガーナ

ブルキナファソ

トーゴーペナン

ニジェール

セネガル

モーリタニア

西サハラ

モロッコ

ポルトガル

・・・思った以上に地域名や国名が並びそろいました。本書には、章ごとに世界地図で安希さんがたどった進路を示してくれているので便利です。


相当たいへんな思いをした旅だったことは、一見淡々と書かれた文章に表れています。
独特の文章なのは、やはりプロの物書きではないことを示します。
最初は趣向を凝らしすぎた文章に思えとっつきにくかったのですが、読み勧めるうちになじんでいきました。
いかに彼女が現地で出会った人々のことを知ってもらいたいと思っているか、その気持ちもくみ取れます。

日本人として日本に住むということがどれほど恵まれているか、彼女は身をもって知ったことでしょう。だけどそれは「日本のほうがいい」という意味ではありません。
貧しくとも心豊かな人々と話し、触れ合い、どんどん心も大きくなったはず。

単なる旅行記ではありません。
日本のマスメディアが語らないことを、一般人の目線で見つめ語った世界を知ることのできる1冊です。
そして、ふつうの人々のふつうの感覚、ふつうの暮らしも垣間見れる1冊です。


中村安希さんプロフィール

1979年京都府生まれ、三重県育ち。
1998年三重県立津高等学校卒業。2003年カリフォルニア大学アーバイン校、舞台芸術学部卒業。
日米における三年間の社会人生活を経て、2006年ユーラシア・アフリカ大陸へ旅行。各地の生活に根ざした“小さな声”を求めて、47ヵ国をめぐる。2008年帰国。国内外にて写真展、講演会をする傍ら、世界各地の生活、食糧、衛生環境を取材中。他に、海外情報ブログ「安希のレポート」を更新中

★ブログ「安希のレポート」

★他著書


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2011/07/18

もしもし下北沢  よしもとばなな




毎日新聞社
2010年9月25日発行
269ページ


父親が不倫相手と心中したあと残された娘と母親の話です。
ずいぶん衝撃的なテーマで始まりますが、そこはよしもとばなな。
のほほんとした空気感を壊すことなく、切なさと懐かしさを入り混ぜて物語は進みます。

タイトルどおり舞台は東京の下北沢。
目黒に住んでいた一家でしたが、父親の死をきっかけに家を出たよしこ。
喫茶店でのアルバイトを決め、その店の向かいにあるアパートに住み始めました。そこが下北沢。

一人暮らしをきっかけに、つらい過去を振り切り前に進もうとするよしこでしたが、母親が舞い込んで来て同居することになります。
バンドマンだった優しい夫との思い出が詰まった目黒の一軒家にいるのがつらくて出て来たのでした。



父親が心中、と重い設定なのですが、どうやら謎の女性に巻き込まれて不覚の死を遂げたらしいということが、徐々に明らかになってきます。相手は誰もぴんとこない遠い親戚とか。彼女を見た誰もが、不気味で死を想像させる女性だったと発言。

お父さんを好きだったよしこ。職業柄多少の浮気は仕方ないと割りきりながら夫を愛していたよしこのお母さん。
二人はものすごく苦しみます。よしこはしょっちゅう泣きます。

そんな二人は、母子から友達のような関係に進化し互いに心地よい時間を過ごせるようになります。
その、少しずつ立ち直り前へ進む二人の関係性がほほ笑ましく、よしもとばななさんの優しさを感じました。自分が書いている小説の登場人物をいたわっているかのように、文章にほんわかした温度を感じるのです。

書く作家さんによってかなり読み手の印象が変わるテーマでしょう。
暗く落ち込んでしまいそうなテーマだからこそ、それを回避するよしもとばなな流の優しさが身にしみます。

文章に漂うその優しさは、下北沢という舞台こそどんぴしゃというように、しっくりなじみます。
まるでセピア色の映画を見ているかのよう。

お父さんの親友であり、彼のことをよく理解してくれていた山崎さんという男性も優しくよしこに寄り添います。
新谷君という、恋したようなそうではないような関係の男の子も、よしこを傷つけません。

人だけではなく、町にも優しさを宿らせることができるばなな節に、切ないはずなのにのんびり静かな気分でページを繰ることができました。


よしもとばななさんプロフィール

1964年東京生まれ。
日本大学藝術学部文芸学科卒業。
1987年「キッチン」で第16回海燕新人文学賞を受賞しデビュー。
その後も次々と賞を取る。


著書(一覧

  
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2011/07/12

勝手にふるえてろ  綿矢りさ



文藝春秋
2010年8月30日発行
162ページ


2004年、19歳で芥川賞を受賞した綿矢りささん。
芥川賞受賞者最年少ということで、同時受賞の金原ひとみさんとかなり話題になりました。

そのときの受賞作「インストール」はもちろん読みました。その後の「蹴りたい背中」も読みましたが、どうも私の中に響くものがなく、今回は最新作ということで期待しながらページを開きました。

響くものがないけれどなんか気になる。私には少しとっつきにくい文体だけれど、それが印象的だとも言えそうです。
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「勝手にふるえてろ」の主人公は26歳B型の大人しいOL女子、江藤良香。
中学時代に片思いをしていたクラスの人気者一宮君を、会わなくなってからもずっと心に思い続ける。
彼を「イチ」と呼ぶ。

そして、同じ会社の男性社員「ニ」に告白され、あまり気乗りしていないようでありながら付き合うことになるまでの話。

「イチ」と「ニ」と呼ぶのは、「1番」「2番」という彼女の中での格付けの数値ですね。
「ニ」の名前が「霧島」君であるということは、ようやく前向きに心を開いた最後の最後にようやくわかります。
ラストの後ろから5行目にようやく本名が出てきて、ちょっとほっとしました。

なぜなら、そこに到るまでの良香の態度と考えにどうも共感できなく、軽く苛立ちを覚えていたから。
ほとんど話をしたこともない「イチ」を、理想の男性として自分の中で勝手に作り上げ、「ニ」には全く興味がないのに好きになってくれたからという理由で何回かデートをし相手に気を持たせる。

さばさばしたタイプの良香だけれど、ふらふらとしていて自分というものをしっかり持っていない行動や考えが、好きにはなれませんでした。

イチと距離が離れていくことを受け入れ、それなら、というかんじでこちらを向いてくれるニにようやく目を向けるまでの時間があまりに短く、大雑把に感じました。

今時らしいと言えば今時らしい女子の姿なのでしょうか。

ヘビーではない、軽やかな恋愛物語をさらりと読みたい人向けの小説です。


綿矢りささんプロフィール

1984年2月1日京都生まれ。
高校在学中「インストール」で文藝賞を当時最年少の17歳で受賞しデビュー。
大学在学中の2004年、「蹴りたい背中」により19歳で芥川賞受賞(金原ひとみと同時受賞)、同賞の最年少受賞記録を大幅に更新し話題となる。
2006年に長編第3作『夢を与える』を発表。
早稲田大学教育学部国語国文学科卒業。

著書(一覧
  

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