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2011/10/03

人質の朗読会  小川洋子




中央公論新社
2011年2月発行
247ページ



人質の朗読会」を読み終えた今、またもや小川洋子作品の優しさと切なさに胸をぐっとつかまれています。
なんでいつもこんなに優しく繊細で泣きたくなるのでしょう。

表紙は「小鹿」というタイトル。2010年に土屋仁応氏によって生み出されました。
この淡くはかない小鹿が、物語全編に漂う優しさと切なさに見事合致しています。

物語は、遠い異国の地で起こります。テロ組織に拉致された日本人8人が、監禁されながら互いに語り合ったというのが大まかな筋書きです。
長い監禁生活の中で、犯人とも次第に距離が縮まります。
人質8人が語る話は、現地の特殊部隊が密かに小屋にしかけた盗聴器に録音されていました。

部隊の突撃により、テロリストは全員死亡。そしてなんと、爆弾をしかけられていた人質8人も全員死亡という結末を迎えます。
その後2年たち、遺族の了承を得て録音テープが世間に公表されることになるのです。8日間、毎晩1話ずつラジオで公開されました。

8人が身を寄せ合い語った話は、どれも波乱万丈の人生についてでもなく、派手なものでもなく、日常にひっそり潜む物語ばかり。だけど、それぞれが強く心に残った話だけあり、心がじーんと熱くなるものばかりです。


目次は以下のとおりです。

第一夜:杖
第二夜:やまびこビスケット
第三夜:B談話室
第四夜:冬眠中のヤマネ
第五夜:コンソメスープ名人
第六夜:槍投げの青年
第七夜:死んだおばあさん
第八夜:花束
第九夜:ハキリアリ

「ハキリアリ」は、盗聴器にじっと耳を傾けていた特殊部隊の青年が、人質全員が死んだあと、自分も語らなくてはならないと感じ口を開けたものです。

生きるか死ぬかまだわからないと感じている人質たち。そんな希望と不安の真ん中で、自分の人生を振り返り一番印象的だった時間を語り合う。
どんな気持ちで語り合ったのか。
死ぬ前にこれだけは誰かに聞いてほしかった、と考えることもできます。

胸の奥にしまっていた大切な物語たちは、まるで宝石のようにキラキラ輝いて見えました。
どれもどちらかというと地味な話ばかりなのですが、人生とはそういうひっそりした部分に実はキラキラしたものが潜んでいるのかもしれないと感じました。


「槍投げの青年」では、何の変哲もない人生を歩んできた女性が、通勤途中偶然出会った青年の後をつけ、グラウンドで槍投げをする姿を目にします。会社に初めて仮病で休むと電話を入れ、時間も忘れて青年が槍を投げる姿に見とれます。
そのまま2人は会話もせずにその後2度と会うこともなく時間は過ぎるのですが、女性はたったそれだけの思い出があることで、日々がキラキラ輝き始めるのです。

こんなささやかな出来事で人生を救われた女性は、姪の結婚式出席のための旅行中に人質にされ亡くなります。59歳でした。


小川洋子さんらしい緻密な比喩や表現にもたくさん出会える1冊です。

眼鏡屋の父親が、いつもひたすら眼鏡を磨く姿を見た息子は、「特別に柔らかく木目の細かいその布は、まるで掌から増殖した皮膚の一部であるかのように、常に親父の手の中にあった」と観察します。

皮膚や内臓、体のパーツなどにスポットを当てるのは、小川さんの視点の特徴のひとつです。
そこにグロテスクさだったりミステリーさだったりを感じさせつつ、上品にまとめあげる天才だなと感じます。

「人質の朗読会」を読むと、もし自分が同じ立場だったら何を語るかな‥と考えない人はいないのではないでしょうか。
私だったら何を話すのでしょう。しばし考えましたが、まだ見つけられそうにありません。


小川洋子さんプロフィール

1962年、岡山市に生まれる。
早稲田大学第一文学部卒。医大秘書室に勤め1986年、退職。
1988年、「揚羽蝶が壊れる時」により第七回海燕新人文学賞を、 1991年、「妊娠カレンダー」により第104回芥川賞を受賞。
2004年、ベストセラーとなった『博士の愛した数式』で読売文学賞、本屋大賞受賞。


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