チェック☆

2011/12/19

ヴァニティ  唯川恵


¥945(送料無料)

 
光文社
2011年11月発行
254ページ


単行本サイズでページ数も豊富。それなのに税込945円という驚きの価格は、唯川さんの想いがこめられた本のつくりにあります。

カバーも帯も使わず、軽装で、バッグの中に簡単に放り込め、くるっと丸めて手に持つこともできる、ある意味、雑誌に近い、そんな本にしたかった。
大切に本棚に並べてもらえるのも有難いが、時には、端っこが折れたり、紙がくしゃくしゃになっても構わない、朝ベッドで目覚めたら自分の身体の下で潰れていた、そんな本があってもいいのではないかと考えたのだ。

これは、あとがきに書かれた唯川さんの言葉です。

紙質はわら半紙に近く、外側も固い紙を使わずつくられた本。
いくつもの短編小説が詰まっているので、唯川さんの言葉どおり、夜1編読み、朝目覚めて1編読む、ということを私もしました。
枕元に置いていたので、さすがに自分の下敷きになっていることはありませんでしたが。

優しく淡い水色の表紙に、金文字。
シンプルでおしゃれな様相は、女性ならぱっと目が行き手に取る人が多いのではないでしょうか。

小説は、20代半ば過ぎから30代、40代の女性なら誰もが共感するフレーズがひとつやふたつはきっとあるはず。
仕事に恋愛に結婚に、今を懸命に生きる女性の心根を突く物語の宝庫です。

どきっとし、びくっし、ほろっとする箇所がたくさんあります。
それは、唯川さんが女性の本心を容赦なく正面から言葉にしているから。
だからといって、ドロドロした空気感はなく、さらりとスマートに書いてのけるところが唯川流。

唯川さんは1955年生まれ。地元の短大卒業後、銀行に就職し、1度転職し、10年間OL生活を贈りました。小説には、その中での実際の経験も数多く反映されているのでしょうね。だからこそリアリティのある言葉が生まれるのだと思います。
45歳で結婚し、その時セント・バーナードを飼いはじめたそう!
犬好きとしては一気に親近感。


いくつもドキリとさせられる言葉が散りばめられた「ヴァニティ」ですが、その中からひとつ。

鏡の中の私と目を合わせるたび、いつも途方に暮れたような思いにかられてしまう。
過ごしてきた日々が、確実に表情に刻み込まれる年代がやってきた。
嘘もごまかしもきかない。
胸にひそめたものさえも、影絵のように映し出される。
それはつまり年ってこと?もう若くないってこと?
(「フォー・シーズン」より)

まさにこのところ、同じように鏡をのぞきこみ同じ想いを抱えていたので、心を見透かされたかのようでドキリとしました。
つまり、私だけではなく数多くの女性が同じことを考えているものなのでしょうね。

「ヴァニティ」には、このように、心の内側をのぞかれたような言葉がたくさん。自分を再確認できます。

そして、例えば友人の幸福を妬むなど、少し黒い影がかかった想いを持ってしまった時、それは自分だけではないのだと、少しほっとさせてくれる1冊でもあります。それがいいことか悪いことかは別として。

共感できる「切なさ」がぎっしり詰まった1冊です。



唯川恵さんプロフィール

1955年、金沢市生まれ。
銀行勤務などを経て、1984年「海色の午後」でコバルト・ノベル大賞を受賞しデビュー。
2001年『肩ごしの恋人』で直木賞、2008年『愛に似たもの』で柴田錬三郎賞を受賞。



著書(一覧
  
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2011/12/15

カラーひよことコーヒー豆  小川洋子

¥1,260(送料無料)



2009年12月発行
小学館
156ページ



小川洋子さんのエッセイ集で、2006年10月から2008年9月まで2年間「Domani」に連載したものに、書下ろし5編を加えてできた1冊です。

小川さんのエッセイは、小説と同じくらい大好きで、私にとっては癒しを求める場となっています。
とにかく優しく心温まる話ばかり。それは素を感じさせるものばかり。小川さんの言葉の選び方や繊細な感性を深く感じ取ることができます。

読んでいてじーんと思わず涙ぐむ話もあれば、文字にされている光景を想像し思わずくすっと笑ってしまうものもある。日常の些細なことが、小川さんの手にかかれば魔法のようにキラキラした文章に変身することに、いつもながら脱帽です。
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もう十分でしょう、と思うのにまだ、電車の彼女は諦めず、新しい道具を繰り出している。たとえひとときでも、会いに行く相手と、あなたが、幸福な時間を過ごせますようにと祈りながら、私は電車を降りる。
(「幸福なお化粧」より)

学生時代からメイクやファッションに興味のなかった小川さんだが、デートの時には少し頑張ってお化粧をしたこともあったそう。
上の文章は、そんな小川さんが、最近眉をひそめて見られる、電車内でメイクをしている若い女性を見て書かれた言葉です。

なんと優しい!きっと、本人は意図せずとも、仏様のような微笑みを浮かべながら、見知らぬ女の子をながめていたことでしょう。

小説家という職業柄もあるのでしょうが、小川さんは他人を観察する時の目線がとにかく優しいのです。そこに悪意はなく、「この人はどのような悩みを抱えて生きてるのかな」「どんな幸せを感じているのかな」と、いつも温かい気持ちで他人に接します。



私はいつでもお喋りが過ぎる。
本当に賢い人、心優しい人は、べらべら余計なことを喋ったりしないものだ。
(「言葉の天使、通訳という仕事」より)

思わず言葉が多くなってしまうようですが、「今日の私は喋りすぎではなかっただろうか」と、いつも相手と別れると深く反省する小川さん。

唯一無口になるのは外国の人と一緒にいる時。
‥‥
通訳がいてくれると、天使が舞い下りてきたかのようにありがたく、本当に拝んでしまいそうになる。

ただでさえすぐ人に感謝の念を抱いてしまう小川さん。
だから、言葉でコミュニケーションの取れない外国人に対して橋渡しをしてくれる通訳の方に、とてつもない尊敬の念を抱くのは実に彼女らしいことです。



神様に愛された声を持っているのになぜもっと自信を持てなかったの、と思う反面、ああ、だからこそ彼女の歌声は特別なのだ、とも思う。
どんな才能も、自ら売り込んでいる間は本物ではない。
神様の計らいは常に、本人に気づかれないようこっそり施される。
それを施された人間より、その人間が発するものを受け取る側のほうが、ずっと大きな恩恵をこうむる。
つまりカレン本人が気づいている何倍もの喜びを、私たち聴き手は得ているのだ。
(「神さまの計らい」より)

音痴らしい小川さんは、生まれ変わったら美しい歌声を手に入れたいそうで、理想とする歌声がカレン・カーペンター。
カレンへの想いと、カレンの歌声に出会えて自分はなんて幸福なのだろう、という想いを文章にした項です。

この「神さまの計らい」からもわかるのですが、小川さんは常に「人」に感謝しています。身近な人だけではなく、他人からも。
だからいつも謙虚なんだろうな。



私が最も効率よくリサイクルしているのは、思い出である。
他の人から見たら何でもない些細な思い出を大事にし、繰り返し何度でもよみがえらせて、そのたびに感動を新たにすることができる。
自分でもこれはちょっと自慢してもいい才能ではないかと、秘かに胸を張っている。
例えば、お味噌汁に入れるお豆腐を掌の上で切っている時、必ず思い出す風景がある。
息子がまだ言葉を覚えて間がなかった頃、‥‥不意に叫び声を上げた。
「ママー、おててが切れちゃうよ」
そう言って、私の足に抱きつき、涙をポロポロ流したのである。
‥‥
自分には心の底から純粋に泣いてくれる人がいある。
そんな思いに浸って、幸せをかみ締める。
「思い出のリサイクル」より)

なんてかわいらしく素敵な話でしょう。お味噌汁の湯気が立ち込めるシーンを想像し、思わずポロリと泣きもらいをしてしまいました。

思い出に浸ることは誰でも少なからずあると思うのですが、それをリサイクルという言葉で表現したところがユニークです。
ぼーっと宙を眺めている人を見かけたら、それは思い出のリサイクルをしているのかもしれません。

思い出を作ろうとして躍起になるよりも、時には既にある思い出の中に隠れた喜びがないかどうか、探ってみるのもいいかもしれない。



小説が書けること(たとえ上手でなくても)、犬が元気なこと、タイガースが勝つこと。
この三つさえあれば十分。他には大した望みはない。
ふと考えてみれば、今日の自分の一日とそう変わりがないような気がしてくる。
‥‥
何だ自分は理想の一日を過ごしたんじゃないか、そう気づき、安堵して私は眠りに落ちてゆく。
(「理想の一日」より)

小川さんのエッセイをはじめて読んだ時に感じた、「謙虚な人」「自分に自信がない人」「日常を大切にする人」というキーワードが、本書しめくくりのこの文章にすべてこめられていると感じました。

小川さんが心底愛していることがわかる、ラブラドールのラブ君はこの本が出された時点で12歳。まだ生きてるのかとても気になるところですが‥。
タイトルともなった「カラーひよことコーヒー豆」の「コーヒー豆」は、実はラブ君の耳にできた疣(いぼ)のことだったのです。
年をとってから出てきたそうで、そこはまた小川さんらしい言葉で書かれています。

耳の外側にも怪しげなものがくっ付いていた。
‥‥
色といい大きさといい表面の皺といい、コーヒー豆としか思えない疣だ。
レストランの見本を作る職人さんでも、これほど上手くはできないだろうというくらいの見事さだった。

そして、愛情だけではなく、飼い犬にも尊敬の想いを抱くかのような言葉が続きます。

八十九歳と宣言されようと、耳にコーヒー豆ができようと、ラブは一向に気にしない。
自分はこんなにも年を取ってしまった、と嘆いたりしない。
ただ平穏に眠るだけだ。
私もラブを見習わなければ、と思う。
‥‥未来より過去の分量が多くなっても、動揺してはいけない。
どんなに慌てても、やはり時は流れてゆくのだ。
ならばラブのように、堂々と年を取ろうではないか。

小川さんを前向きにしたラブ。コーヒー豆を耳に付けている姿を想像するといとおしく感じます。
動物がどれだけ癒しや元気を与えてくれるかは、ペットを飼っている方ならみな知っています。
小川さんがラブを優しくなでている光景を想像して、心が温まりました。


本書には、悲しくて涙が出てしまう話もあります。
小川さんといえば想像がつくと思いますが、「アンネの日記」やアウシュヴィッツの話、藤原ていさんの話など、深い悲しみや苦労などについても書かれています。

ですが、陽だまりにいるような気持ちにさせてくれるエッセイたちが詰まった1冊であることは間違いありません。
いつも抱く想いなのですが、小川さんの書く文章に出会えたことに感謝です。



小川洋子さんプロフィール

1962年、岡山市に生まれる。
早稲田大学第一文学部卒。医大秘書室に勤め1986年、退職。
1988年、「揚羽蝶が壊れる時」により第七回海燕新人文学賞を、 1991年、「妊娠カレンダー」により第104回芥川賞を受賞。
2004年、ベストセラーとなった『博士の愛した数式』で読売文学賞、本屋大賞受賞。


小川洋子著書一覧
  
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2011/12/04


¥1,680(送料無料)



エクスナレッジ
2005年7月発行
189ページ


「眠る」ことについての藤原さんの実体験と考察が書かれた本です。
ちなみに藤原さんは男性です。


パート1:空間の体験

パート2:空間の考察

あとがき:眠りと覚醒の閾(いき)



1日の終わりにベッドに入ることは何よりの幸せ。眠ることが大好きです。すーっと眠りに入っていく時間、ぬくぬくと自分の体温で布団が温まっていく時間、枕カバーから好きなアロマオイルの香りが漂ってくる時間。どれをとっても眠りに関する事柄は好きなものばかり。

たいてい10分とかからず眠りに落ちることはできますが、不眠症を体験したこともありました。その頃は、睡眠薬の力を借りて眠りに落ちていました。

本書でも不眠症や無呼吸症候群など、心地良い眠りだけではない症状についても書かれています。不眠症の経験はつらいものでしたが、それがあったからこそ、なおさら眠れることへの幸せを感じることができるようになりました。

日本人が世界の中で、それほど「眠り」や「眠るための空間」を重視しない国民であるということを、本書によりはじめて知ることができました。

確かに、日本人は寝床はその名のとおり「眠るため」だけの場所。
だけど、ハリウッド映画を観ていると、大きなクッションをいくつも置き、ベッドの中からテレビや本や雑誌を見たり、時には小さな持ち運び用のテーブルを置き食事をしたりもしていますよね。
あの光景は、映画の中だけではなく日常的に行われているものだそう。私たち日本人なら、ベッドで食事だなんて病気の時くらいのものでしょう。それ以外なら、なんてお行儀の悪い、とでも言われかねません。

国の違いによる眠る空間への考えの違いを、あらためて考えることができただけでも本書を読んだ大きな収穫です。
他にもおもしろい考察がいくつも見られましたので、本文からの引用も含め一部ご紹介。


一日だけではなく人生のスタートとエンドもまたベッドの上である。
人間はこのベッドという装置を起点と終点におき、一日と、人生をすごすのだ。

なるほどと思いました。スタートとエンド。どちらも重要な支点です。誰もが意識しないうちに、この重要な支点を日々通過していると思うと、なんだかおもしろい。


睡眠時無呼吸症候群=SASは、東洋人になりやすい症状だということもはじめて知りました。それは骨格の違いからくるそうです。

東洋人はあごの先端から首までの距離が白人より短いため、あおむけになったとき、舌の付け根部分が気道を圧迫しやすいのだそう。そのため、少し体重が増加しただけでもSASに引き起こすというのです。
逆に、身体構造上、欧米人はよほど太らないとSASにならないそうです。



アメリカでは睡眠不足、睡眠障害による経済損失は年間五兆円になるという試算もある。
‥‥ニューヨーク・マンハッタンのオフィス街では、昼寝を積極的にとろうという動きさえある。
‥‥パワーナップという。
ナップ(nap)は「仮眠、昼寝」の意味。
パワーは、パワーランチのパワーだ。
日本の厚生労働省も、午後二時の二十~三十分の昼寝が理想的だ、という発表を行っている。
‥‥人間の生理上ちょうどそのころに眠気がくるようになっている、ということらしい。
‥‥
睡眠について話を聞いた。骨と筋肉という視点からだ。
‥‥眠れない人というのは筋肉が緊張しつづけているということでもある。
だから人間は体を横たえる必要があるのだ。
電車のなかでうとうとする、デスクにつっぷして眠るというのは、筋肉の緊張をとるという点では効果はない。
だから仮眠でも横になることの意味はそこにある。

上記のような現実をふまえ、作者は東京駅すぐそばのオフィス街にある睡眠サロンを利用した体験を書いています。昼寝のスペースを「売る」店は、私はあまり聞いたことがないのですが、きっと都会になればなるほど点在するものなのかもしれませんね。

昼間の5分や10分の眠りでも、とるととらないとでは違う、という話は知っていましたが、仕事の効率に結びつくとなれば、これからの企業は積極的に「昼寝タイム」を導入したほうがいいと感じました。


寝入ってしまえば、空間は少なくともその人の意識からは消える。
そのとき空間は無限大に拡張される、あるいは点となってすぐに消滅するともいえる。

これは、たとえ狭い空間であろうとも、眠りに落ちてしまえば問題はない、という話の中の一節です。
幼い頃は眠りを何もない真っ暗な状態「無」であると感じていたので、理解できる話です。
眠りに落ちる瞬間の記憶などないけれど、この「無」へ流れ込んでいくような時間が好きなのです。


飛行機のファーストクラスを体験した作者は、同じような空間状態でありながら、カプセルホテルではなかなか眠れなかったことを思い出します。ファーストクラスの空中ではぐっすり眠れたのに。

すぐに理由がわかった。
音だ。
時速九〇〇キロメートルというスピードで飛行する物体が発生させる、あの空気を切り裂くような音。
それが他者の気配を消してしまう。
寝返り、咳払い、足音を消してしまうのだ。
これはいわば「音のカーテン」である。

ファーストクラスの飛行機に乗った経験はありませんが、音のカーテンという表現には、想像しやすいものがあります。
雨が降っている夜はぐっすり眠りにつくことができることと似ています。雨音が車の音や人の話し声をかき消してくれるから、いつも以上にぐっすり眠ることができるのです。


眠りはやすらぎをもたらす。
けれども不眠者にとって眠りは、さらなる苦痛を呼びこむ過程にすぎない。
‥‥入眠まえに、やすらぎにむかうのに十分な準備が精神的にととのっていて初めて、人は眠りにやすらぎをみいだすことができるのだ。

不眠症について書かれた中の一節です。
こちらもとても理解できました。今夜も眠れないかも、眠れなかったらどうしよう、と不安を抱えてベッドにもぐりこむのは不安で苦痛です。
とても、一日の終わりをゆったりした気分で締めくくるなんてのんびり構えてはいられないのですから。


睡眠は個への回帰ではなく、個の喪失ということができる。
もしかするとぼくらは、個人化する社会へも疲労し、深く寝入ることで、その個人化からも逃れようとしているのかもしれない。

眠ることを社会生活と結びつけて考える意見に、とても興味を持ちました。一日を終えベッドに体を横たえることは、世界との直立した緊張をときほぐすための体休だとボルノウは指摘しました。

だけど、眠りに入った後、人は夢を見、さらにそれをくぐり抜け闇の中心に到達すると作者は考えます。「闇」というキーワードは私が幼い頃感じたそのもので、自分を見失う感覚も確かにありました。


眠りに入るということは、大げさにいえば、ぼくらは世界にたいして無防備に自己をさらすことを意味する。

まったくそのとおりだと思います。
起きている間はどんなに自分を演出できたとしても、眠りに入ってしまってからは完全無防備。いびきをかこうが寝相が悪かろうが、本人には知ったことではありません。それは、「自己をさらす」といっても過言ではありません。


どんなに短い睡眠時間でいいという人でも、誰もが避けて通れない「眠り」。それについて言葉で表すとおもしろい発見があるものだと学びました。

飛行機のファーストクラス、カプセルホテル、ホテルのスイートルーム、イギリスの民宿、コンサートホール、睡眠クリニック、キャンピングカー、酸素カプセルなどなど、いくつもの「眠り」を自ら体験しレポートしたパートワンは、様々な眠りについての比較がおもしろかったです。



藤原智美さんプロフィール

1955年生まれ。1990年「王を撃て」で文壇デビュー。
1992年『運転士』で第107回芥川賞を受賞。
また、1997年、住まいの空間構造と家族の社会関係を独自の視点から取材、問題提起したノンフィクション『「家をつくる」ということ』(プレジデント社、現在、講談社文庫)がベストセラーとなる。
その後も『家族を「する」家』(プレジデント社、現在、講談社+α文庫)、『「子どもが生きる」ということ』(講談社)、『なぜ、その子供は腕のない絵を描いたか』(祥伝社)など、家族、子育て、教育といった分野での執筆活動も展開する。


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