チェック☆

2011/12/04


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エクスナレッジ
2005年7月発行
189ページ


「眠る」ことについての藤原さんの実体験と考察が書かれた本です。
ちなみに藤原さんは男性です。


パート1:空間の体験

パート2:空間の考察

あとがき:眠りと覚醒の閾(いき)



1日の終わりにベッドに入ることは何よりの幸せ。眠ることが大好きです。すーっと眠りに入っていく時間、ぬくぬくと自分の体温で布団が温まっていく時間、枕カバーから好きなアロマオイルの香りが漂ってくる時間。どれをとっても眠りに関する事柄は好きなものばかり。

たいてい10分とかからず眠りに落ちることはできますが、不眠症を体験したこともありました。その頃は、睡眠薬の力を借りて眠りに落ちていました。

本書でも不眠症や無呼吸症候群など、心地良い眠りだけではない症状についても書かれています。不眠症の経験はつらいものでしたが、それがあったからこそ、なおさら眠れることへの幸せを感じることができるようになりました。

日本人が世界の中で、それほど「眠り」や「眠るための空間」を重視しない国民であるということを、本書によりはじめて知ることができました。

確かに、日本人は寝床はその名のとおり「眠るため」だけの場所。
だけど、ハリウッド映画を観ていると、大きなクッションをいくつも置き、ベッドの中からテレビや本や雑誌を見たり、時には小さな持ち運び用のテーブルを置き食事をしたりもしていますよね。
あの光景は、映画の中だけではなく日常的に行われているものだそう。私たち日本人なら、ベッドで食事だなんて病気の時くらいのものでしょう。それ以外なら、なんてお行儀の悪い、とでも言われかねません。

国の違いによる眠る空間への考えの違いを、あらためて考えることができただけでも本書を読んだ大きな収穫です。
他にもおもしろい考察がいくつも見られましたので、本文からの引用も含め一部ご紹介。


一日だけではなく人生のスタートとエンドもまたベッドの上である。
人間はこのベッドという装置を起点と終点におき、一日と、人生をすごすのだ。

なるほどと思いました。スタートとエンド。どちらも重要な支点です。誰もが意識しないうちに、この重要な支点を日々通過していると思うと、なんだかおもしろい。


睡眠時無呼吸症候群=SASは、東洋人になりやすい症状だということもはじめて知りました。それは骨格の違いからくるそうです。

東洋人はあごの先端から首までの距離が白人より短いため、あおむけになったとき、舌の付け根部分が気道を圧迫しやすいのだそう。そのため、少し体重が増加しただけでもSASに引き起こすというのです。
逆に、身体構造上、欧米人はよほど太らないとSASにならないそうです。



アメリカでは睡眠不足、睡眠障害による経済損失は年間五兆円になるという試算もある。
‥‥ニューヨーク・マンハッタンのオフィス街では、昼寝を積極的にとろうという動きさえある。
‥‥パワーナップという。
ナップ(nap)は「仮眠、昼寝」の意味。
パワーは、パワーランチのパワーだ。
日本の厚生労働省も、午後二時の二十~三十分の昼寝が理想的だ、という発表を行っている。
‥‥人間の生理上ちょうどそのころに眠気がくるようになっている、ということらしい。
‥‥
睡眠について話を聞いた。骨と筋肉という視点からだ。
‥‥眠れない人というのは筋肉が緊張しつづけているということでもある。
だから人間は体を横たえる必要があるのだ。
電車のなかでうとうとする、デスクにつっぷして眠るというのは、筋肉の緊張をとるという点では効果はない。
だから仮眠でも横になることの意味はそこにある。

上記のような現実をふまえ、作者は東京駅すぐそばのオフィス街にある睡眠サロンを利用した体験を書いています。昼寝のスペースを「売る」店は、私はあまり聞いたことがないのですが、きっと都会になればなるほど点在するものなのかもしれませんね。

昼間の5分や10分の眠りでも、とるととらないとでは違う、という話は知っていましたが、仕事の効率に結びつくとなれば、これからの企業は積極的に「昼寝タイム」を導入したほうがいいと感じました。


寝入ってしまえば、空間は少なくともその人の意識からは消える。
そのとき空間は無限大に拡張される、あるいは点となってすぐに消滅するともいえる。

これは、たとえ狭い空間であろうとも、眠りに落ちてしまえば問題はない、という話の中の一節です。
幼い頃は眠りを何もない真っ暗な状態「無」であると感じていたので、理解できる話です。
眠りに落ちる瞬間の記憶などないけれど、この「無」へ流れ込んでいくような時間が好きなのです。


飛行機のファーストクラスを体験した作者は、同じような空間状態でありながら、カプセルホテルではなかなか眠れなかったことを思い出します。ファーストクラスの空中ではぐっすり眠れたのに。

すぐに理由がわかった。
音だ。
時速九〇〇キロメートルというスピードで飛行する物体が発生させる、あの空気を切り裂くような音。
それが他者の気配を消してしまう。
寝返り、咳払い、足音を消してしまうのだ。
これはいわば「音のカーテン」である。

ファーストクラスの飛行機に乗った経験はありませんが、音のカーテンという表現には、想像しやすいものがあります。
雨が降っている夜はぐっすり眠りにつくことができることと似ています。雨音が車の音や人の話し声をかき消してくれるから、いつも以上にぐっすり眠ることができるのです。


眠りはやすらぎをもたらす。
けれども不眠者にとって眠りは、さらなる苦痛を呼びこむ過程にすぎない。
‥‥入眠まえに、やすらぎにむかうのに十分な準備が精神的にととのっていて初めて、人は眠りにやすらぎをみいだすことができるのだ。

不眠症について書かれた中の一節です。
こちらもとても理解できました。今夜も眠れないかも、眠れなかったらどうしよう、と不安を抱えてベッドにもぐりこむのは不安で苦痛です。
とても、一日の終わりをゆったりした気分で締めくくるなんてのんびり構えてはいられないのですから。


睡眠は個への回帰ではなく、個の喪失ということができる。
もしかするとぼくらは、個人化する社会へも疲労し、深く寝入ることで、その個人化からも逃れようとしているのかもしれない。

眠ることを社会生活と結びつけて考える意見に、とても興味を持ちました。一日を終えベッドに体を横たえることは、世界との直立した緊張をときほぐすための体休だとボルノウは指摘しました。

だけど、眠りに入った後、人は夢を見、さらにそれをくぐり抜け闇の中心に到達すると作者は考えます。「闇」というキーワードは私が幼い頃感じたそのもので、自分を見失う感覚も確かにありました。


眠りに入るということは、大げさにいえば、ぼくらは世界にたいして無防備に自己をさらすことを意味する。

まったくそのとおりだと思います。
起きている間はどんなに自分を演出できたとしても、眠りに入ってしまってからは完全無防備。いびきをかこうが寝相が悪かろうが、本人には知ったことではありません。それは、「自己をさらす」といっても過言ではありません。


どんなに短い睡眠時間でいいという人でも、誰もが避けて通れない「眠り」。それについて言葉で表すとおもしろい発見があるものだと学びました。

飛行機のファーストクラス、カプセルホテル、ホテルのスイートルーム、イギリスの民宿、コンサートホール、睡眠クリニック、キャンピングカー、酸素カプセルなどなど、いくつもの「眠り」を自ら体験しレポートしたパートワンは、様々な眠りについての比較がおもしろかったです。



藤原智美さんプロフィール

1955年生まれ。1990年「王を撃て」で文壇デビュー。
1992年『運転士』で第107回芥川賞を受賞。
また、1997年、住まいの空間構造と家族の社会関係を独自の視点から取材、問題提起したノンフィクション『「家をつくる」ということ』(プレジデント社、現在、講談社文庫)がベストセラーとなる。
その後も『家族を「する」家』(プレジデント社、現在、講談社+α文庫)、『「子どもが生きる」ということ』(講談社)、『なぜ、その子供は腕のない絵を描いたか』(祥伝社)など、家族、子育て、教育といった分野での執筆活動も展開する。


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