チェック☆

2011/12/15

カラーひよことコーヒー豆  小川洋子

¥1,260(送料無料)



2009年12月発行
小学館
156ページ



小川洋子さんのエッセイ集で、2006年10月から2008年9月まで2年間「Domani」に連載したものに、書下ろし5編を加えてできた1冊です。

小川さんのエッセイは、小説と同じくらい大好きで、私にとっては癒しを求める場となっています。
とにかく優しく心温まる話ばかり。それは素を感じさせるものばかり。小川さんの言葉の選び方や繊細な感性を深く感じ取ることができます。

読んでいてじーんと思わず涙ぐむ話もあれば、文字にされている光景を想像し思わずくすっと笑ってしまうものもある。日常の些細なことが、小川さんの手にかかれば魔法のようにキラキラした文章に変身することに、いつもながら脱帽です。
book ranking



もう十分でしょう、と思うのにまだ、電車の彼女は諦めず、新しい道具を繰り出している。たとえひとときでも、会いに行く相手と、あなたが、幸福な時間を過ごせますようにと祈りながら、私は電車を降りる。
(「幸福なお化粧」より)

学生時代からメイクやファッションに興味のなかった小川さんだが、デートの時には少し頑張ってお化粧をしたこともあったそう。
上の文章は、そんな小川さんが、最近眉をひそめて見られる、電車内でメイクをしている若い女性を見て書かれた言葉です。

なんと優しい!きっと、本人は意図せずとも、仏様のような微笑みを浮かべながら、見知らぬ女の子をながめていたことでしょう。

小説家という職業柄もあるのでしょうが、小川さんは他人を観察する時の目線がとにかく優しいのです。そこに悪意はなく、「この人はどのような悩みを抱えて生きてるのかな」「どんな幸せを感じているのかな」と、いつも温かい気持ちで他人に接します。



私はいつでもお喋りが過ぎる。
本当に賢い人、心優しい人は、べらべら余計なことを喋ったりしないものだ。
(「言葉の天使、通訳という仕事」より)

思わず言葉が多くなってしまうようですが、「今日の私は喋りすぎではなかっただろうか」と、いつも相手と別れると深く反省する小川さん。

唯一無口になるのは外国の人と一緒にいる時。
‥‥
通訳がいてくれると、天使が舞い下りてきたかのようにありがたく、本当に拝んでしまいそうになる。

ただでさえすぐ人に感謝の念を抱いてしまう小川さん。
だから、言葉でコミュニケーションの取れない外国人に対して橋渡しをしてくれる通訳の方に、とてつもない尊敬の念を抱くのは実に彼女らしいことです。



神様に愛された声を持っているのになぜもっと自信を持てなかったの、と思う反面、ああ、だからこそ彼女の歌声は特別なのだ、とも思う。
どんな才能も、自ら売り込んでいる間は本物ではない。
神様の計らいは常に、本人に気づかれないようこっそり施される。
それを施された人間より、その人間が発するものを受け取る側のほうが、ずっと大きな恩恵をこうむる。
つまりカレン本人が気づいている何倍もの喜びを、私たち聴き手は得ているのだ。
(「神さまの計らい」より)

音痴らしい小川さんは、生まれ変わったら美しい歌声を手に入れたいそうで、理想とする歌声がカレン・カーペンター。
カレンへの想いと、カレンの歌声に出会えて自分はなんて幸福なのだろう、という想いを文章にした項です。

この「神さまの計らい」からもわかるのですが、小川さんは常に「人」に感謝しています。身近な人だけではなく、他人からも。
だからいつも謙虚なんだろうな。



私が最も効率よくリサイクルしているのは、思い出である。
他の人から見たら何でもない些細な思い出を大事にし、繰り返し何度でもよみがえらせて、そのたびに感動を新たにすることができる。
自分でもこれはちょっと自慢してもいい才能ではないかと、秘かに胸を張っている。
例えば、お味噌汁に入れるお豆腐を掌の上で切っている時、必ず思い出す風景がある。
息子がまだ言葉を覚えて間がなかった頃、‥‥不意に叫び声を上げた。
「ママー、おててが切れちゃうよ」
そう言って、私の足に抱きつき、涙をポロポロ流したのである。
‥‥
自分には心の底から純粋に泣いてくれる人がいある。
そんな思いに浸って、幸せをかみ締める。
「思い出のリサイクル」より)

なんてかわいらしく素敵な話でしょう。お味噌汁の湯気が立ち込めるシーンを想像し、思わずポロリと泣きもらいをしてしまいました。

思い出に浸ることは誰でも少なからずあると思うのですが、それをリサイクルという言葉で表現したところがユニークです。
ぼーっと宙を眺めている人を見かけたら、それは思い出のリサイクルをしているのかもしれません。

思い出を作ろうとして躍起になるよりも、時には既にある思い出の中に隠れた喜びがないかどうか、探ってみるのもいいかもしれない。



小説が書けること(たとえ上手でなくても)、犬が元気なこと、タイガースが勝つこと。
この三つさえあれば十分。他には大した望みはない。
ふと考えてみれば、今日の自分の一日とそう変わりがないような気がしてくる。
‥‥
何だ自分は理想の一日を過ごしたんじゃないか、そう気づき、安堵して私は眠りに落ちてゆく。
(「理想の一日」より)

小川さんのエッセイをはじめて読んだ時に感じた、「謙虚な人」「自分に自信がない人」「日常を大切にする人」というキーワードが、本書しめくくりのこの文章にすべてこめられていると感じました。

小川さんが心底愛していることがわかる、ラブラドールのラブ君はこの本が出された時点で12歳。まだ生きてるのかとても気になるところですが‥。
タイトルともなった「カラーひよことコーヒー豆」の「コーヒー豆」は、実はラブ君の耳にできた疣(いぼ)のことだったのです。
年をとってから出てきたそうで、そこはまた小川さんらしい言葉で書かれています。

耳の外側にも怪しげなものがくっ付いていた。
‥‥
色といい大きさといい表面の皺といい、コーヒー豆としか思えない疣だ。
レストランの見本を作る職人さんでも、これほど上手くはできないだろうというくらいの見事さだった。

そして、愛情だけではなく、飼い犬にも尊敬の想いを抱くかのような言葉が続きます。

八十九歳と宣言されようと、耳にコーヒー豆ができようと、ラブは一向に気にしない。
自分はこんなにも年を取ってしまった、と嘆いたりしない。
ただ平穏に眠るだけだ。
私もラブを見習わなければ、と思う。
‥‥未来より過去の分量が多くなっても、動揺してはいけない。
どんなに慌てても、やはり時は流れてゆくのだ。
ならばラブのように、堂々と年を取ろうではないか。

小川さんを前向きにしたラブ。コーヒー豆を耳に付けている姿を想像するといとおしく感じます。
動物がどれだけ癒しや元気を与えてくれるかは、ペットを飼っている方ならみな知っています。
小川さんがラブを優しくなでている光景を想像して、心が温まりました。


本書には、悲しくて涙が出てしまう話もあります。
小川さんといえば想像がつくと思いますが、「アンネの日記」やアウシュヴィッツの話、藤原ていさんの話など、深い悲しみや苦労などについても書かれています。

ですが、陽だまりにいるような気持ちにさせてくれるエッセイたちが詰まった1冊であることは間違いありません。
いつも抱く想いなのですが、小川さんの書く文章に出会えたことに感謝です。



小川洋子さんプロフィール

1962年、岡山市に生まれる。
早稲田大学第一文学部卒。医大秘書室に勤め1986年、退職。
1988年、「揚羽蝶が壊れる時」により第七回海燕新人文学賞を、 1991年、「妊娠カレンダー」により第104回芥川賞を受賞。
2004年、ベストセラーとなった『博士の愛した数式』で読売文学賞、本屋大賞受賞。


小川洋子著書一覧
  
book ranking